2025年8月16日土曜日

日本美術の鉱脈展 (大阪中之島美術館 2025.6.21〜8.31)

サブタイトルは「未来の国宝を探せ!」
伊藤若冲も、2000年の展覧会で「再発見」されたことを引き合いに、知られざる鉱脈があるのでは?なくても、個人的にお気に入りが見つかるのでは?という企画だと思います。
というわけなので、ほとんど知られていない作者、あるいは作品が並べられることになります。

なかなか、「すげーな」と思えるような作品はありませんでしたが、一点、私が全く知らなかった日本画家、不染鉄の「山海図絵(伊豆の追憶)」だけはすごいな、と思いました。
独創的な構図に、近くで見ると微細に事象を書き込んでいる。近景の海は、海中の魚の様子まで描かれています。
大正14年にこんな絵を描けるなんて。第6回帝展出品作です。

https://koumyakuten2025.jp



山海図絵(伊豆の追憶) / 不染鉄(1925)
竹鶏図屏風 梅鯉図屏風 / 伊藤若冲 円山応挙(江戸)
田植えをする女 / 笠木治郎吉(明治)
氷窟ニ鴛鴦花瓶 / 宮川香山 (1910)
深鉢型土器 / 天神遺跡(縄文)



2025年5月17日土曜日

生誕150年記念 上村松園 (大阪中之島美術館 2025/3/29〜6/1)

改めて上村松園は天才だなと思いました。

構図と確かな描画力、人物の姿形しか書いていないはずなのにそこに意味や思いを表現できるところに感心しました。

また、薄衣の下の着物の模様の表現には驚きました。質感の表現が素晴らしいですが、なぜよりにもよって、そんな難しい題材を選んだのか。
特定の題材へのチャレンジなのか、表現したいことを考えるとその題材を選ばないといけなかったのか。
僕には到底そんな面倒な選択はできそうにありません。

それと、膨大なスケッチ。研究熱心なのと、プロとしての鍛錬、向上心の賜物なのでしょう。

美人画の一番驚嘆するのは、着物や髪飾りの緻密な表現です。よくまあこんな根気の続きそうな作業を続けられるなあ、と思います。制作に何ヶ月もかかるのが頷けます。展覧会に出すようなものは特に細かく、しかもその細部が全体を引き立てているという構成で、本当に素晴らしい。
しかも、こういう手のかかる絵を、それこそ大量に出し続けていることにも驚きました。天賦の才能でしょうね。
素晴らしいアーティストの共通点は、大量の作品を残していることじゃないかと思います。量と質。量が質を生み、質の高い量をさらに生むというサイクルなのか。「1万時間の法則」を思い起こさせます。

比較的初期の作品は、着物の線が太いのは意外でしたが、どうもそれは師匠の影響とのこと、納得。3人の師匠についているようですが、いずれの作風もうまく吸収して、昇華していっているんだなあと、感心しました。

重要文化財である「序の舞」「母子」はじめ、どれも素晴らしい絵ばかりでした。

「序の舞」というと、名取裕子の映画を思い出します。まさに上村松園と母の物語ですが、こちらは画家というよりは女としての上村松園を描いてましたね。

https://art.nikkei.com/shoen/


序の舞 1936
待月 1944鼓の音 1938
鴛鴦髷 1935
母子 1934

2025年4月8日火曜日

カナレットとヴェネツィアの輝き (京都文化博物館 2025/2/15〜4/13)

初めて京都文化博物館に行きましたが、なかなか趣のある建物でした。
明治の名建築で重要文化財である旧日本銀行京都支店だそうです。内部改装中でした。
三条近辺は、明治の歴史的建築物が結構残っているエリアなんですね。

さて、Cnaletto ですが、ベニスに生まれ、ベニスで死に、ベニスを題材に多くの風景画を制作した素晴らしい画家です。
実際見ると、建築物の描写が細かく、丁寧。
描かれた人物も一人一人生き生きとしていて、手抜きがありません。
すごいな、と思いました。

イギリスの貴族が子息の教養のため世界各地を旅させる「グランド・ツアー」というのが流行していたそうです。彼らは彼の地の思い出に景観画を買って帰る、というのが楽しみの一つだったらしく、現代の絵葉書、風景写真のような扱いだったんでしょうね。
そういった、都市や名所を精密に描いた景観画を「ヴェドゥータ」と言うらしいです。
あくまで、美しい思い出のためのものなので、厳しい現実や暗い夜、都市の汚点などは描かれません。
そいったところが、ヴェドゥータが広くあるいは後世にも愛されるところなんでしょう。
Cnaletto の描くヴェドゥータはそう言う意味で、気持ちが晴れやかになります。

彼は景観をそのまま描くのではなく、視点を変えたり、少し湾曲したり、現実には見えない角度で建物を配置したりと、より劇的に見えるよう構図に工夫を凝らしていたようです。
見えてる風景ではなく、見たい風景、そういうところも魅力ですね。

カメラ・オブスキュラを活用したのでは、と言われています。展覧会場で実際のカメラ・オブスキュラでの投影を見ることができましたが、ぼんやりしすぎていて、想像したのと随分違いました。
ある程度は参考になるでしょうが、やはり素描力があってのものだと思いました。

ベニスの景観がメインで、しかもベニスは現代も同じ景観が保存されているので、まあまあベニスについても詳しくなりました。
水の都、浅瀬の上に杭で作られた水上都市、中央の大運河と張り巡らされた水路、サン・マルコ広場やレガッタ。イタリアの北東の方に位置することも知りました。多分行くことはないと思いますが。

https://www.bunpaku.or.jp/exhi_special_post/20250215-0413/ 


The Grand Canal, Venice, Looking North East from the Palazzo Balbi to the Rialto Bridge (1724)

The Bacino di San Marco: Looking North (1730)

The Grand Canal from the Campo San Vio, Venice (1730)

The Pier towards the West with the column of Saint Theodore (1738)

The Thames, London, from the Terrace of Somerset House, the City of London the Distance (1750)

The Rialto Bridge, Venice by Michele Giovanni Marieschi (1740)
 
The Grand Canal Venice, looking towards Santa Maria della Salute by William James Müller (1837)


The Bridge of Sighs by William Etty (1833)

2025年3月16日日曜日

第11回日展巡回展 (神戸ゆかりの美術館・神戸ファッション美術館 2025/2/15~3/23)

「日展」というのを初めて観に行きました。
古典的な絵画(日本画と西洋絵画)、彫刻、工芸品、書、といったものが題材のようでした。

いわゆる現代美術的なものは出展されていませんでしたが、工芸の部は抽象度が高いせいか、結構飛んだものが多かったように感じました。

また日本画も、その古典美をどう超越するかという問題意識が強いのか、デザイン性に富んだものが多かったように思いました。

偉そうに言ってますが、どの作品も素晴らしい視点、技巧、表現力のあるもので、すばらしいなと感心しました。



2024年11月3日日曜日

神戸六甲ミーツ・アート2025 beyond (2025/8/24~11/24)

帰省している娘と一緒に行ってきました。
六甲山上付近のいくつかのエリアで、現代美術が展示されていて面白いかなと。

全部のエリアは回れませんでしたが、主だったところは行けたかな。
中には自然の状態を生かしたインスタレーションもあって、そこそこ楽しめました。
参加型のものや、電子的なものがあまりなく、少し物足りなさは感じました。

一番印象に残っているのは、六甲ミーツ・アートとは関係ない(とは言わないけど)、風の教会でした。
風の教会:https://www.kazenokyoukai.com
安藤忠雄設計の教会で、コンクリートの直方体と大きな開口部、スリットが特徴です。
なぜこんな辺鄙なところに教会を建てたのかと思いましたが、運営が六甲スカイヴィラなので、結婚式などに使っているんでしょうか。ただ、スカイヴィラは2022年で閉館しているので、今はホント、何の用があるんでしょうね。
ちなみに、風の教会は安藤忠雄氏の初期の設計で、教会三部作の最初に建てられたものだそうです。残りは大阪の光の教会、北海道の水の教会だそうです。
光の教会:https://ibaraki-kasugaoka-church.jp/j-top.html
水の教会:https://tomamu-wedding.com/waterchapel/

スカイヴィラは会場にもなっていますので中に入りましたが、こじんまりしていますが、素晴らしい眺めで、もったいないですね。住みたいくらいです。

  • アーティスト: Artist in Residence KOBE(AiRK)、URBAN KNIT(兼平翔太)、青木陵子+伊藤存、青野文昭、あつめやさん、雨宮庸介、アルネ・ヘンドリックス、いくらまりえ、ウ・ヒョンミン、nl/rokko project、大石章生、大野智史、岡田健太郎、小畑亮平、開発好明、金氏徹平、蒲原凪 × 田羅義史 × 村田優大、川俣正、北川太郎、城戸みゆき、クゥワイ・サムナン、倉富二達広、小出ナオキ、近藤尚、佐藤圭一、さとうりさ、さわひらき、周逸喬、鈴木将弘、田岡和也×Omult.Venzer、高田治、高橋匡太、高橋瑠璃、竹中美幸、田中優菜、土田翔、生田目礼一、楢木野淑子、西田秀己、西野達、野村由香、のん、HAFEN 本田耕、原田明夫、春田美咲、福島周平、布施琳太郎、船井美佐、堀田ゆうか、マキコムズ、松田修、水田雅也、三梨伸、三原聡一郎、宮永愛子、村上郁、葭村太一、ロプ・ファン・ミエルロ、渡辺篤(アイムヒアプロジェクト)、WA!moto.“Motoka Watanabe”、Waft Lab
  • プロデューサー、キュレーションディレクター: 山川佳乃
  • キュレーター: 堀江紀子、池田佳穂、小國陽佑、内藤紫都、鷲尾英玲奈


https://rokkomeetsart.jp


2024年7月16日火曜日

広重 ―摺すりの極きわみ― (あべのハルカス美術館 2024/7/6〜9/1)


僕が小学生の頃に習ったのは「安藤」広重でした。
安藤家に生まれたので「安藤」。火消しの家で、広重自身も家督を継いだと言います。
その後歌川一門で浮世絵師となり、広重の名前をもらいます。
歌川一門の他の絵師は皆「歌川」と呼ばれていますので、当然広重も「歌川」広重であるべきですが、なんで「安藤」になったんでしょうね。そっちの方が不思議。

絵師としては、風景画を得意としますが、それは武者絵や美人画、花鳥図などが得意な先輩がいたから。
得意分野で生きていく、というのはいつの時代も必要とされますよね。

広重の少し前の時代に、北斎が風景画でヒットを飛ばしてますので、当然一番意識したでしょう。
青(ベロ)を多用しているところ、独特の赤との対比も影響を感じます。
時には北斎のような大胆な構図にトライしますが、やはり広重は安定構図だと思います。

今回の展覧会は、広重の初期から晩期まで広く扱っていますが、驚くのはその種類の多さ、数です。注文があれば断ることなく全て受け、器用に表現しているのは素晴らしいなと思います。
北斎もそうですが、アートのマスタリーは質より量ですね。


https://www.aham.jp/exhibition/future/hiroshige/





2024年4月5日金曜日

古代メキシコ展 (国立国際美術館 2024/2/6〜5/6)

アメリカ大陸に人類が住み始めたのは2万年前のこと。もちろん狩猟採集民族です。
東アジアに到達した人類は、当時陸続きだったベーリング海峡を渡り、アメリカ大陸を発見します。
しかし、その旅は果てしない困難があったと思われます。
寒さとの戦い。
おそらくマンモスを追って寒い地域へ住むようになったんでしょうが、毛皮を着、そのために縫製の技術も必要とされたでしょう。縫製のためには糸を作り、針を作り、ナイフを作る必要があったことは想像できます。
それでも北極圏で住むのは別格だったと思います。現代のイヌイットの生活が必要になります。
その民族だけがアメリカ大陸に渡る権利を得ました。
しかしそこは極寒の地とは全く違う別世界だったんですから驚きだったでしょう。
おそらく捕食対象の大型動物が生息し、温暖な夢のような生活だったんでしょう。
トウモロコシは自生では実が小さく、なぜそれを栽培して改良しようと思ったのかは謎ですが、植物を栽培するというのは移住当初の人類は経験していなかったはずですので、自力で農業を始めたことになります。

そして、当展覧会の文明を作っていく訳ですが、ここでは主に3つの文明を紹介しています。
古い順で、紀元前1500年のオルメカ文明、紀元前1200年〜16世紀のマヤ、14世紀〜16世紀のアステカ。その後はスペインに征服されてしまいました。

文字を持たなかったので歴史を残さなかったのかな、と勘違いしていましたが、立派に文字があり、石に刻まれています。

王政があり、ピラミッドを作り、天文に長けていたようです。
驚いたのは、古代から生贄の習慣があったことです。生贄が宗教の中心にあり、連綿と続いてきたようです。
インディジョーンズに出てきたような、心臓を抉るようなことも行われていたようで、今の感覚からすると信じられませんが、生と死は境目が曖昧で、集団と個人の境目も曖昧だったんでしょう。
日本はそんな習慣が根付いてなくてよかったなと思います。

どうやって王朝ができていったのかは明らかにされていませんが、呪術、宗教的な要素が大きいような印象を受けました。
マヤは農業に向いた土地ではなかったようです。
石板には戦士も描かれているので、もちろん武力抗争はあったんでしょうが、各文明の都市を見ると、宗教による畏怖が権力の根本のように感じられました。
空想の神の世界、生贄、天文の知識....これらが人をまとめていたんでしょう。
スペインのコルテス率いる小部隊がアステカを制圧できたのも、武力がそれほど重視されていなかったからかもしれません。もちろん部族対立をコルテスが巧みに利用したことも大きいですが。

ちなみに「Aztec Camera」って、「アステカのカメラ」という意味だったんですね。知りませんでした。もちろんアステカにカメラはありません。

https://mexico2023.exhibit.jp/